読書日記 2014年

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知ろうとすること。 早野龍五・糸井重里 新潮文庫 ★★★★★

これは素晴らしい本。1時間くらいでさらっと読めるけど、読み終えて、心の中に優しい風が吹き抜ける。

もう20年以上も前の話だが、早野先生には、3年生のゼミの時にお世話になり、ご自宅にお邪魔させてもらったこともある。東日本大震災の数日後、その早野先生をツイッター上で久しぶりにお見かけしたときはビックリしたものだった。
早野先生の専門はエキゾチック原子である。これは、電子を他の荷電粒子、例えばミュー粒子やパイ中間子(π)などに置き換えた原子のことで、その振る舞いを調べることによって、通常の原子を見るだけでは分からないような原子の内部構造を調べることができるのだ。

だから早野先生は、原子核や放射線についてはもちろんよく知っているが、原子力の専門家というわけではない。
早野先生は、大学が春休みでちょっと時間が取れたことと、個人的な被爆体験に基づく興味もあって、東電や自治体が公表したデータをグラフ化してツイッターで発信し始める。
でも、ツイッターで情報を発信するだけなら、世の中にゴマンといる評論家と変わらない。早野先生が凄いのは、やがて、世の中に対して行動を起こし始めることだ。まず、内部被曝について調べるために、福島県の給食の「陰膳調査」を始める。文科省に提案したが拒否され、ポケットマネーで始めたという。

結果的には、非常に幸運なことに、チェルノブイリの事故に基づく予想に比べて、福島の被曝量はずっと低かった。
しかし、だからといって、東電の罪が軽くなることはないし、それをもって原発に対して賛成とか反対とか言える訳でもない。原発の是非は政治の問題であって、科学が決めることではない。
ちなみに、福島県産のお米は、現在ではすべての米袋についてセシウムを測定している。2012年産のお米で基準値の100ベクレルを超えたのは、わずか0.0007%(1000万袋中71袋)に過ぎなかったという。

次に早野先生は、外部被曝を測定するために、1時間ごとに線量を測定できる装置を、これまたポケットマネーで50個購入する。これも、その有用性が確認されてから、内閣府のプロジェクトになった。
それから、「ベビースキャン」という赤ちゃん用のホールボディーカウンターを作成した。これは、赤ちゃんが怖がらずに装置の中でじっとしていられるように、工業デザイナーと協力して作ったという。
この装置は、科学的に見れば必要のないものだったが、お母さんの不安を解消するための「コミュニケーションツール」としての役割を果たした。

そこから派生する、宇宙の話も良い。地球上に存在するカリウムには、半減期が13億年の放射性のカリウム40が0.0117%含まれている。だから、私たちの体内にも、カリウム40が4000ベクレルほど入っていて、そのカリウム40から常に被曝し続けていること。水素原子はビックバンの時にできたきり、新しく作られることはないから、私たちの身体を構成する水素は138億年前にできたものがそのまま使われていること──。

最終章の、福島の高校生を連れてCERNに行ったという話は、もっと良い。原発事故は福島の人たちにとっては災難以外の何ものでもなかったが、そのマイナスをゼロにするための仕事をやってきた。これからは、ゼロをプラスに、未来へとつなげる仕事をやっていきたいという。
私には到底真似できそうにないが、早野先生がやってきたことは、科学者が社会に対してどうコミットしていくか、ということについて考える機会を与えてくれる。(14/11/29読了 15/03/28更新)

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