読書日記 2019年

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日本人はどこから来たのか? 海部陽介 文庫文庫 ★★★★☆

ここ数年、人類学の世界では新発見が相次いでいる。それに伴って、アフリカを出た人類がどのようにして拡散していったか・・・というシナリオも大幅に書き換わっており、最新の発見をフォローし続けるのは困難である。
本書は、主として考古学の立場から最新の知見がまとめられている。著者はそれに基づいて、人類が日本列島に到達するまでのシナリオを提唱している。非常に勉強になった。

日本列島に人類がいたことを示す、確かな最古の証拠は、今から約3万8千年前のものである。
このときは氷河期のまっただ中であり、現在よりも海水面が80メートルも低かった。
そのため、朝鮮半島と中国大陸との間にある黄海はほとんど陸地であり、台湾は大陸の一部であった。
しかしそのときも、北海道を除く日本列島は島だった。瀬戸内海は存在せず、本州・四国・九州が一体となって「古本州島」を形成していた。
だから、日本列島に人類がやってくるためには、どこかで海を越えなければならない。つまり、最初に日本列島に到達した人類は、航海者だったのだ。

古本州島と朝鮮半島の間は数十キロメートルの海峡で隔てられていた。対馬も島であり、古本州島・朝鮮半島それぞれと40キロメートルほど離れていた。
最初の日本列島人は、おそらくこの対馬ルートを辿ってやって来たと考えられる。
実は、この航海は、人類が海を越えたという確かな証拠がある中で、2番目に古いものなのである。

では、人類最古の航海はどこで行われたか?
それは、約4万7千年前、スンダランドからサフル大陸(オーストラリア・ニューギニア)への移住であった。スンダランドとは、スマトラ島・ジャワ島・ボルネオ島などの島々がマレー半島と連結した陸塊である。
日本列島に移住してきた人たちは、航海の技術をもっていたはずである。このことから著者は、ヒマラヤを迂回し、ユーラシア大陸を南北にわかれて東進してしてきた人類が東アジアで1万年ぶりの再会を果たし、その集団が日本列島に渡った──というロマン溢れる説を提唱している。

日本列島における遺跡の分布状況からして、日本列島にやってきた人類は、3つの異なるルートを辿ってきたようである。
一つは、上で述べた対馬ルートだ。残る2つは、北海道ルートと沖縄ルートである。
およそ3万年前の氷河期、北海道は、古本州島とは離れていたが、サハリンを介してロシアのアムール河口域まで陸続きになっていた。つまり、北海道はユーラシア大陸から南に延びる半島の先端部だった。だから、寒いことを除けば、北海道に人類がやってくるのは難しくないだろう。
問題は、沖縄ルートである。琉球列島は、氷河期においても島だった。石垣島と西表島など、いくつかの島は合体して大きくなっていたものの、多くの島々は孤立していた。
当時でも、台湾と与那国島の間は100キロメートル以上離れていたのだ。しかもそこには、黒潮が滔々と流れている。
だから、台湾を出発して琉球列島を島伝いに北上するルートは、人類史上に残る困難なチャレンジだったはずだ。

つい数日前、それが実際に可能だったことが証明された。
著者の率いる「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」において、旧石器時代の技術だけで造った丸木船を漕いで、台湾から与那国島へ渡ることに成功したのである。
このプロジェクトはまた、クラウドファンディングによって行われたことでも注目された。それほど、日本の学術研究は予算が逼迫しているということでもある。(19/06/29読了 19/07/15更新)

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