読書日記 2023年

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東南アジア史10講 ★★★☆☆ 吉田元夫 岩波新書

ラオスに行く飛行機の中で読んだ。ものすごい情報量。

東南アジア―殊に、仏領インドシナ3カ国―の歴史は苦難の連続だった。
東南アジアの黄金時代は、マラッカ王国が交易で栄えた15世紀から、朱印船貿易により各地の日本人街が繁栄した17世紀前半頃までだろうか。
18世紀のはざまの時代を経て、19世紀後半から、東南アジアは(シャムを除き)欧米諸国の植民地支配下に置かれるようになる。
1941年12月8日のアジア・太平洋戦争開戦の端緒となったのは、その前年に、日本軍が仏領インドシナ北部に軍隊を進駐させたことだった。
開戦後、日本の南方軍は、ナチスドイツによるヨーロッパの混乱に乗じて、マニラやシンガポール、ジャワを電撃的に占拠し、支配下に置いていく。しかし、仏領インドシナではフランスの植民地政権を認め、インドシナは(敵同士であるはずの)日仏の二重支配下に置かれる。つまるところ第二次世界大戦は、ファシズム-反ファシズムという対抗軸だけでなく、植民地政権-民族解放戦線という対抗軸もあったわけだ。
日本は敗北し、1950年代までに、フィリピン・マラヤ連邦・インドネシアはそれぞれ米国・英国・オランダから独立を勝ち取った。しかし、フランスは植民地を手放すつもりはなかった。だから、彼らはまた独立戦争(第一次インドシナ戦争)を戦わなければならなかった。
やがてベトナムは冷戦対立に巻き込まれ、17度線を境に南北に分断されて停戦に至る。
そして、泥沼のベトナム戦争へと突入する。米国はホーチミン・ルートを寸断すべく、ラオスとカンボジアにも雨霰と爆弾を落とした。カンボジアではさらに、1980年代まで、内線とポル・ポト派による虐殺が続いたのだった。

彼の国に平和が訪れて本当に良かった。もっとも、ラオスやカンボジアの山中にはまだ地雷がたくさん埋まっているけれど。(23/04/01読了 23/12/22更新)

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