読書日記 2023年

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トルコのもう一つの顔 ★★★★★ 小島剛一 中公新書

トルコは親日国だと言われる。日本人の多くは、概ねトルコに対して良いイメージを持っているだろう。
しかし、トルコという国には、イスタンブールやカッパドキアを旅行し、ケバブやトルコ・アイスを食べただけでは決して見えてこない「暗部」―もう一つの顔―がある。少数民族問題である。

1977年、フランス・アルザスの大学院で修士号を取得した筆者は、自転車とヒッチハイクでトルコへの旅に出る。
当時のトルコの田舎町では、外国人がよほど珍しかったらしい。著者(もちろん日本人)が両替をしようと銀行にでも入ろうものなら、トルコ語で話しかけているにもかかわらず、

……窓口嬢は狼狽してわなわなと震え始めた。うしろを振り向いて助けを求める様子だが声も出ない。奥のほうの立派な机に向かっていた支店長と思しき人物が、やおら立ち上がってあたりを見廻しながら言った。「誰かアラブ語のできるものはいないか」

という有様だった。
だが、言語学者である著者が、興味の赴くままに言語調査を進めるうち、「パンドラの箱」を開けてしまうことになる。

オスマン・トルコ帝国は、こと言語政策に関しては寛大で、そもそも公用語が存在しなかった。
宮廷で用いられていたのは、「オスマンル語」という、トルコ語を基礎にしてアラビア語とペルシャ語が混交した一種のクレオールだった。トルコ語は、無知蒙昧な輩の言葉としてむしろ蔑まれていたという。
第一次大戦で敗れたオスマン帝国は、列強に分割統治されそうになった。そのピンチを救ったのが、ケマル・アタテュルクである。アタテュルクはトルコ統治のため、「民族主義」という厄介な装置を、非常に極端な形で持ち込んだ。
オスマン帝国領にはさまざまな民族がモザイクのように居住していたのに、新生トルコには「トルコ人」しか存在しないことになったのだ。
1980年代でも、「クルド語には語彙が200語ほどしかなく、到底言語とは呼べない。独自の言語がないのだからクルド人などというものは存在しない」という馬鹿げた見解を、政府の役人までもが本気で信じていたという。
クルド人への迫害は今でこそ有名になったが、トルコにはそれに加えてザザ人やレズ人など数十もの少数民族がいる。さらに、ザザ語の話し手の中にアレウィー教徒がいて、イスラム教徒のザザ人から迫害されていたりする。
信じがたいことだが、自分たちが話している言葉が何語か知らず、同じ言葉を話している人がどこにいるのかも知らない「忘れ民族」までいたという。

そういったトルコの複雑な言語状況を「発見」し、「告発」したのが本書なのだ。
私もクルディスタンを旅したが、今日では、クルド語を話したからといって牢屋にブチ込まれることはない。まだまだ不十分とはいえ、状況が改善したのは著者の勇気ある告発のおかげかもしれない。

著者は、政治的な意図などまったくなく、ただ言語が好きで調査を重ねていっただけだった。だが著者は次第に、分離独立を扇動しているとして政府から目をつけられるようになる。
トルコ政府からの最終通達が、
1.クルド語は「言語」であるか
2.クルド語は教育用語として使用できるか
に答えよ、というものだった――というのは、馬鹿げているを通り越して滑稽でさえある。

これまでの著者の経験とネットワークがあれば、政府が喜ぶような適当な回答をして、調査を続けることもできたはずだ。しかし、著者はそれを潔しとせず、国外退去を命じられてしまう。
それが研究者としての良心だったとしても、これほど報われない研究もないだろう。

本書は痛快な旅行記で始まり、たちまち引き込まれてしまうが、あまり新書っぽくない。
「あとがき」によれば、ヒマラヤでのトレッキングの最中に、とある村に籠ってわずか10日で草稿を書き終えたという。語り口は軽妙だが、著者の魂の叫びが聞こえるような、気迫溢れる本である。

一体この人は何者なのか?
ネットで調べてみると、著者のブログ(F爺・小島剛一のブログ)があり、現在も舌鋒鋭く言論活動を行っていることがわかった。「ひろゆき」に対する記事など、実に面白い。(23/09/23読了 23/12/16更新)

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