研究内容

研究分野:分子進化、比較ゲノム、バイオインフォマティクス

1.嗅覚受容体遺伝子ファミリーの分子進化

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嗅覚は、食べられるものと食べられないものの識別や、交配相手を見付けたり、捕食者から逃れたりするために不可欠で、生存に直接関わる重要な感覚である。環境中には非常に多様な匂い物質が存在し、ヒトは約1万種類の化学物質を認識できると言われている。そのため、匂い物質を受容するための蛋白質である嗅覚受容体(olfactory receptor, OR)の種類も非常に多く、嗅覚受容体は脊椎動物最大の遺伝子ファミリーを形成している。例えば、マウスのゲノム中には約1,000個ものOR遺伝子が存在し、これはマウスのもつ全遺伝子の約4%に相当する。OR遺伝子は、1991年にLinda BuckとRichard Axelによって初めて同定された。これは、分子レベルでの化学受容研究への道を拓いた画期的な研究で、これらの業績により彼らは2004年のノーベル医学・生理学賞を受賞した。

OR遺伝子は、鼻腔の嗅上皮にある感覚ニューロンで発現している。ORは膜蛋白質で、膜貫通部位である7本のαへリックスをもっている。ORに匂い分子が結合すると、G蛋白質を介して情報が伝達される。このような受容体はG蛋白質結合型受容体(G-protein coupled receptor, GPCR)と呼ばれ、OR以外にも、光受容体や神経伝達物質受容体などの様々な蛋白質を含む。このような巨大な遺伝子ファミリーがどのように進化してきたかを知るために、様々な生物のゲノム配列を用いて、OR遺伝子ファミリーの比較解析を行ってきた。以下に、これまでの研究で明らかになったことを簡単に紹介する。

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図1は、様々な生物のゲノム配列から同定したOR遺伝子の数である。この図が示すように、OR遺伝子の数は種によって大きく異なっている。また、それぞれの種が、非常に多くの偽遺伝子(かつては機能していたが、今は機能を失った遺伝子の残骸)をもつ。例えば、ヒトは約800個のOR遺伝子をもつが、そのうちの半分以上は偽遺伝子であり、機能遺伝子の数は400個未満である。一般に、ヒト・チンパンジー・マカクなどの高等霊長類では、マウスなどの他の哺乳類に比べ、OR遺伝子の数が少なく、偽遺伝子の比率が高くなっている。このことは、霊長類が、嗅覚よりも視覚に依存した動物であることを反映していると考えられる。ヒトとチンパンジーは、ほぼ同数のOR遺伝子をもつ。しかし、詳細な解析の結果、両者のOR遺伝子のレパートリーは、約25%がそれぞれの種に特異的であることが明らかになった。このことは、ヒトとチンパンジーではかぎ分けられる匂いがかなり異なっていることを示唆している。

カモノハシは、哺乳類の進化過程で最も早く分岐したグループである単孔類に属し、哺乳類であるにもかかわらず卵を産む。カモノハシもまた、他の哺乳類よりもOR遺伝子の数が少ない。実は、カモノハシの嘴は特殊な感覚器になっていて、電気受容器と機械受容器の両方の役割をもっている。カモノハシは泥で濁った川の中で、目と耳と鼻を閉じた状態で餌を見付けることができる。また、カモノハシは半水棲であるため、空気中の匂い物質を検出するための哺乳類型のOR遺伝子は、水中では役に立たないと考えられる。このように、ある感覚が発達すると、それと引き替えにOR遺伝子が失われ、嗅覚が退化してゆく傾向があると考えられる。

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魚類は、アミノ酸や胆汁酸などの水溶性の化学物質を匂いとして認識する。魚類のゲノム中に存在するOR遺伝子の数は、哺乳類よりもずっと少ない(図1)。しかし、魚類のOR遺伝子の配列は、哺乳類の遺伝子よりも多様性に富んでいる。詳細な解析の結果、脊椎動物のOR遺伝子は7つのグループに分類されるが、そのうちの2つのグループのみが哺乳類の系統で数を大きく増加させたことが明らかになった。その結果を踏まえて、図2に示すような脊椎動物OR遺伝子ファミリーの進化のシナリオを提唱した。魚類と四足動物(両生類・鳥類・哺乳類を含む)の共通祖先は、7つのグループに対応する多様な祖先遺伝子をもっていた。魚類と四足動物の共通祖先は海に棲んでいたため、これらの祖先遺伝子は水中の匂い分子を検出するためのものであったはずである。四足動物の系統では、進化の過程で陸上生活への適応が起きた。その際、2つのグループの遺伝子が、空気中の匂い分子を検出する能力を偶然獲得したと考えられる。陸上生活では、水中生活よりも匂い情報の重要性が高かったため、両者の遺伝子数が爆発的に増加した。哺乳類と鳥類にとっては、水中の匂い分子を検出するためのOR遺伝子は不要であるため、それらは全て消失してしまった。一方、両生類は水中生活を維持しているため、魚類型の遺伝子も保持していると考えられる。


ナメクジウオは、背骨をもたない下等な脊索動物である。ナメクジウオは「頭のない動物」とも言われ、神経系は単純で、明確な嗅覚器をもっていない。それにもかかわらず、ナメクジウオのゲノム中から多数のOR様遺伝子が見出されたことから、脊椎動物OR遺伝子ファミリーの起源は、脊索動物門の共通祖先にまで遡ることが明らかになった。一方、ナメクジウオよりも脊椎動物に近縁だと考えられているホヤの系統においては、脊椎動物型のOR遺伝子は見付からなかった。マボヤは固着性であり、海中のプランクトンを濾過して食べる。積極的に餌を探すことをしないため、進化の過程で全てのOR遺伝子が消失してしまったのかもしれない。ただし、脊椎動物型のOR遺伝子とは異なる遺伝子を化学受容体として用いている可能性もある。

2.遺伝子の翻訳効率を決定する配列の同定

遺伝子の発現は、転写のみならず翻訳の段階でも制御されているが、この翻訳時の調節についてはあまりよく知られていない。例えば、多くの真核生物・原核生物において、開始コドンの次のコドン(第2コドン)は特定のものが多く使われる傾向があり、これは翻訳効率と関係していると考えられる。このような、翻訳効率を決定する配列をゲノム中から検索している。

3.蛋白質相互作用ネットワークの進化

蛋白質・蛋白質間相互作用のネットワークは、スケールフリー性、非同類結合性などの特徴をもつ。このようなネットワークの大域的な構造が、進化的にどのようにして生じたのかを調べるため、シミュレーションやプロテオームのデータを用いて解析を行っている。


Last updated: July 24, 2009
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