読書日記 2009年

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出雲国風土記 全訳注 荻原千鶴 講談社学術文庫 ★★★★★

出雲の国を訪れることにしたので、本書を手に取ってみた。通読するのは根気の要る作業だったが、しかし、自分がこの本を読み通すことができるとは思わなかった。そこには、全く予想していなかった、驚嘆すべき小宇宙が広がっていた。

『出雲国風土記』は、当時編纂されたはずの数十ヵ国の風土記の中で、現存する唯一の完本である。その唯一の完本が出雲国のものであったのは、誠に幸運であった。
律令制が成立する以前、それぞれの地域にはそれぞれの土着の神さまがいたはずである。しかし、中央によって編まれた『古事記』や『日本書紀』では、出雲は天孫に国を献上する舞台として描かれているから、出雲国は当時から特殊な場所だったのだろう。
そしてまた、『出雲国風土記』は、素朴でありながら、実に高い文学性を備えている。

原本はとうの昔に失われてしまって、ない。現存する最古の写本は、1597年のものである。
平安時代も、戦国時代も、江戸時代も、あらゆる時代の人々に繰り返し複写されながら、何世代にもわたって連綿と受け継がれてきたわけである。1300年の歳月を経て、現代の我々がこれを読むことができるということは、奇跡としか言いようがない。早くから文字を持ち、このような書物を後世に伝えることができた日本語は幸福だ、と思う。

やはり圧巻なのは、壮大なスケールで展開される「国引き神話」である。
出雲の国は若くて小さいから、神さま(やつかみづおみづののみこと)が新羅の三崎を「国の余りがあるか」といって見ると、ある。そこで、「国よ来い、国よ来い」といって綱で引っ張ってきて、三瓶山を杭にして縫いつけたのが、小津浦から日御碕にかけてである。今度は越の都々の三崎を「国の余りがあるか」といって見ると、ある。そこで、「国よ来い、国よ来い」といって綱で引っ張ってきて、大山を杭にして縫いつけたのが、美保関である。そのときの綱が、弓ヶ浜である。
こうして、4回の国引きによって、島根半島ができあがったという。地図を見れば、確かに島根半島は山々によって4つのブロックに分かれていることが分かる。こういう古代人の想像力というのは、現代の我々には、到底真似することはできない。

本書は、出雲国の各地方ごとにどういう郷や社があるか、山河や島があるか、ということを整然と、逐一記載している。
○○島にはノリとワカメが生えている。○○山にはワシ・ハヤブサ、クマ・オオカミ・イノシシ・シカ・ウサギ・キツネ・ムササビ・サルがいる。
かつてはどこでもそうだったはずだが、そんな一文から、豊かな自然と共に暮らしていた古代人が見たであろう情景が浮かび上がってくる。本書を携えて出雲国を旅してみれば、ほんのちょっと想像力を働かせれば、きっと古代人と心を通わせることができるだろう。(09/03/06 読了)

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