読書日記 2012年

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世界中の言語を楽しく学ぶ 井上孝夫 新潮新書 ★★★☆☆

不惑を過ぎると、人生の残り時間を意識するようになる。地球上に存在する数千の言語の一つ一つがそれぞれ固有の宇宙を持っているわけであり、ただ一つの言語でさえ、人生の全てを賭しても汲みきれないほどの広大さを有している。とすれば、世界中の言語をくまなく学んでみたいと思ったところで、その果てしなさに眩暈を覚える。

筆者は100以上の言語を学んだというから、筋金入りの言語マニアであることは確かだ。でも、言語によって学んだ深さはまちまちだろうから、それがどの程度凄いことなのかは分からない。実際、いくつもの言語を学ぶと、未知の言語に出会ったときでも、文法の概略を知ることは容易である。人類の言語には、どれもある程度の類似性があるからだ。しかし、語彙が壁となって立ちふさがり、結局、喋ることはできない。

筆者の言うように、日本人は多言語を学習するにあたってアドバンテージがある。日本語は英語から著しくかけ離れた言語であるから、英語さえ修得してしまえば、第3の言語に挑むときのハードルはぐっと低くなる。それに、日本語を超える複雑な表記体系をもつ言語は、世の中に存在しない。

筆者は、文学作品を鑑賞することに甘んじていて、ほとんど会話の実践をしていないようである。驚くべきことに、ヨーロッパには一度も行ったことがないという。実に勿体ないことだ。私はやはり、語学は喋ってナンボだと思う。私は、日英韓に加えて、少なくともスペイン語・フランス語・ロシア語を使い物になるレベルにまで持っていくことを夢見ている。(とはいえ、第3言語で既に息切れしている状態なので、かなり道は険しそうだが・・・。)

語族・語派の代表を1個ずつ学んでいくというやり方は、まさに私が実践しようとしていたことだ。不幸にして、アクセスしやすいメジャーな大言語は、地球上の言語の著しく偏ったサンプリングになっている。そういう似た言語をいくら学んでみたところで、言語の多様性を理解したことにはならない。よって、第一段階として、インドネシア語・フィンランド語・トルコ語・アラビア語を学び、しかる後に、ベトナム語・タイ語・モンゴル語・グルジア語・スワヒリ語・ナバホ語・ケチュア語・エスキモー語あたりを学んでみたいと思っている。しかしその前に、音声学を一度きちんと学んでおくべきかもしれない。(12/07/15読了 13/02/10更新)

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