読書日記 2013年

Home > 読書日記 > 2013年

登山の哲学 竹内洋岳 NHK出版新書 ★★★★☆

2012年5月26日、竹内さんはダウラギリ登頂に成功し、晴れて日本人初の14サミッター(8000m峰14座完全登頂)となった。竹内さんは年齢が同じこともあって、以前から個人的に応援していた。本書は、「登山の哲学」などという大仰なタイトルが付けられているが、14座完全登頂までの軌跡をまとめたものである。とても読み易く、竹内さんの飄々とした人柄が偲ばれる。ただ、何度か講演を聴きに行ったこともあるし、ダウラギリ登頂時もリアルタイムでネット中継を見ていたので、そんなに意外なことは書かれていなかった。

8000mを越える高所の厳しさは今も昔も変わりはなく、竹内さんも二度、生死の境を彷徨うような体験をしている。しかし現在では、8000m峰の登頂自体は、もはや冒険の範疇に属するものではない。(とはいえ、14座の中で最も困難な2座、K2とナンガ・パルパットの冬期登頂は、現在でも成し遂げられていない。)竹内さんは世界で29人目の14サミッターに過ぎず、 本人が述べているように、これは「いまさら」の記録でしかないのだ。だからこそ、日本山岳界の悲願だったわけだが、でもそれは同時に、日本の山岳界の低迷を表しているとも言える。

竹内さんは、極地法による登山を体験した最後の世代かもしれない。体育会的な古い体質の残る極地法と袂を分かち、アルパインスタイルを採用して無酸素でコンパクトに登ることで、14座完全登頂を達成した。けれども、1970年代、80年代のヒマラヤは、現在とは比べものにならないほど過酷だったはずだ。そんな中、日本の山岳界は先鋭的なアルピニストを次々と輩出したのである。

1986年に史上初の14座完登を成し遂げただけでなく、その全てを無酸素で登頂した超人、ラインホルト・メスナー Reinhold Messner と、それに遅れること1年、たった8年間で14座を完登、しかもそのうち3座は冬期初登頂というイェジ・ククチカ Jerzy Kukuczka の偉業は際立っている。それ以降10年近く、14サミッターは現れなかった。もし山田昇さんが史上3人目の14サミッターになっていたら、それは実に偉大な記録だったはずである。しかし、残念ながら1989年、39歳の若さで厳冬期のマッキンリーに散ってしまった。(13/07/09読了 13/08/07更新)

前へ   読書日記 2013年   次へ

Copyright 2013 Yoshihito Niimura All Rights Reserved.