読書日記 2014年

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キレる女 懲りない男 黒川伊保子 ちくま新書 ★★☆☆☆

「男と女の脳科学」という副題が付いている。「脳科学」と名の付くものはだいたい怪しいので疑ってかかる必要があるが、この本もご多分に漏れず、科学の衣をまとったトンデモ本である。

まず誤りを指摘しておくと、18頁の四色色覚の説明は全くのデタラメである。男女で色の見え方が違い、女性の方が男性よりも(中波長領域で)色の識別能力が優れているという報告は確かに存在する(Abramov I, et al. (2012) Biol Sex Differ. 3: 21)。しかし、それは遺伝的な差異によるものではなく、女性のみに四色色覚者が存在することとは関係がない。著者は遺伝学の知識がないらしく、よく理解することもせずに両者を混同してしまっている。また、177頁のフェロモンの説明もデタラメである。免疫系の遺伝子の型とフェロモンは別の話であり、ここでも両者を混同するという愚を犯している。

全体的に言って、この本に書かれていることは、「脳科学」によって明らかになったことではない。単に筆者の個人的な体験に基づいて、女性とはこういうもの、男性とはこういうもの、と言っているに過ぎない。

ただし、その分析自体は、それなりに説得力がある。「男性脳」「女性脳」といっても個人差が大きいが、おしなべて言えば、両者の間に厳然とした差異が存在するのは確かだ。個人的な体験に照らしてみれば、誰もが納得させられる部分があるのではないだろうか。(血液型占いが当たるような気がするのと同じ効果かもしれない。)

「男性脳」「女性脳」の議論はやや鼻につく嫌いもあるが、最終章が秀逸である。曰く、40代で物忘れが始まるのは、惑いの時期を抜けた合図である。脳は、「今を生きるために必要と思っていない」データを忘れるのだ(全く科学的な表現ではないが)。そして、40代のうちは固有名詞を忘れるが、50代になると一般名詞も忘れるようになる。

そうはいっても、一般名詞もちゃんと、今生きるために直接は必要ないものから消えていく。たいていは、赤ちゃんのときから覚えてきた逆順で消えていくのだろう。やがて、赤ちゃんのときのように、人のぬくもりだけがわかるようになって、来た場所へ戻るだけだよ。だから、何かを忘れることを怖れることはない。

こうして、最終的にはほのぼのとした読後感に包まれる。いたずらに脳科学なんかを持ち出さなければ、良い本だったかもしれない。(14/05/03読了 14/10/13更新)

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