読書日記 2016年

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生命の未来を変えた男 山中伸弥・iPS細胞革命 NHKスペシャル取材班 文春文庫 ★★★☆☆

2010年、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)のオープンと、2012年のノーベル賞受賞の際に放送されたNHKスペシャルの取材が元になっている。NHKスペシャル取材班が書いているだけあって、さすがに読み易い。しかし、ジャーナリズムだから当然なのだが、内容はきわめてジャーナリスティックであり、サイエンティフィックな議論は物足りない。iPS細胞発見に至る道のりについての科学的な解説(特にES細胞との関係)は、現在はCiRAに移った八代嘉美さんによる『iPS細胞』(平凡社新書)が分かりやすい。

4つの山中因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を導入するだけで分化した細胞が「初期化」されるというのは、なぜ今まで誰も気付かなかったのかというような類の発見で、まさにノーベル賞に相応しい。その使い道も、再生医療だけでなく、創薬や病態再現と幅広く、今後も新たな学問分野が創られていくかもしれない。
一方、なぜ細胞が初期化されるのかというメカニズム自体は、いまだによく分かっていない。山中先生が元々臨床医だったこともあるが、研究の方向性はあくまでも臨床を向いており、生命科学というよりは基礎医学のテイストが強い世界だ。

本書は、倫理問題や知財といった社会的な側面に多くの紙面を割いている。山中先生は「科学と知財はラグビーとアメフトのようなもので、ルールは違うけれども、両方大切だ」ということを言っている。CiRAには知財を専門に扱う部署があって、スタッフが定期的に全員の実験ノートをチェックしているという。科学の本来の姿からはほど遠いように思えるが、ベンチャー企業に知財を独占されることなく、世界中の誰もがiPS細胞の技術を使えるように京大という公的な機関が知財をきちんと押さえておく必要がある、という話は納得である。企業にとっての知財は独占するためのものだが、これは独占させないための知財なのだ。(16/01/23読了 16/01/26更新)

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