読書日記 2017年

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ベトナム語のしくみ 田原洋樹 白水社 ★★★★☆

ベトナム語の特徴といえばまず、声調が6種類もあることだ。

ma 幽霊  しかし mả 墓  外見  頬 mạ

特に、thanh ngã と呼ばれる、一旦下がってから急上昇する声調が面白い。

それに加えて、母音は11個もある。声調言語なので、一音当たりの情報量が多い。よって、正確に発音しないと通じない。

子音にはそれほど変わった音はないが、末子音が厄介だ。
韓国語と同様に、-p [p]/-t [t]/-c [k] の区別があるが、ベトナム語では、それに加えて-ch [c] というのがある。
また、「ん」の発音は、これまた韓国語よりも1つ多くて4種類ある:-m [m]/-n [n]/-ng [ŋ]/-nh [ɲ]

ベトナム語は、島嶼部以外の東南アジアおよび南アジアの土着の公用語の中では唯一、ラテン文字のアルファベットを用いて表記する。ベトナム以西はインドの西端に到るまで、すべてブラーフミー系の文字を使っている。
インドネシア語やフィリピノ語もそうだが、非西欧の言語がラテン文字で表記されるのはなんとも味気ない。しかし、ブラーフミー系の文字を覚える困難さはビルマ語で実証済みだから、ベトナム語は近隣諸国の諸言語に比べれば圧倒的にハードルが低く、外国人には優しい言語といえる。
発音と声調の両方が綴りに示されているので、ビジュアル的に記憶すれば正確に発音できるはずだ。むしろ北京語も、漢字に頼らず、ピンインで覚えるべきなのかもしれない。
変わった文字としては、Ă/ăĐ/đ がある。Ă/ă はルーマニア語、Đ/đ はクロアチア語やサーミ語にも使われる。
基本的にローマ字読みすれば良いが、tr と書いて [c](チャ行、例:trà 茶)、d/gi/r がいずれも [z](ザ行)など、たまに意表を突く綴りがある。

よく知られているように、20世紀に至るまで、ベトナム語はチュノム(𡨸喃)という漢字を変形させた文字で表記されていた。ベトナムは、日本・韓国と並んで漢字文化圏であり、そもそも東南アジアというよりは東アジアに含めるべきなのだろう。
実際、韓国語と同様に、ベトナム語の中には数え切れないほどの漢字語が入り込んでいる。

社会 사회 xã hội
政治 정치 chính trị
経済 경제 kinh tế
現代 현대 hiện đại
世界 세계 thế giới
文化 문화 văn hóa
音楽 음악 âm nhạc
時間 시간 thời gian
意見 의견 ý kiến
注意 주의 chú ý 

これらはすべて、日・韓・越でまったく同じ漢字語を用いる例である。
ベトナム語独自の漢字語もある:

sinh viên【生員】 学生
trường học【場学】 学校
khách sạn【客桟】 ホテル
cảm ơn【感恩】 ありがとう
tạm biệt【暫別】 さようなら

また、

xin【請】 〜してください
quá【過】 とても〜
tiền【銭】 お金
phòng【房】 部屋
tại【在】 〜に、〜で(場所を表す前置詞)

なんかは中国語っぽい。
ハノイ Hà Nội は漢字で「河内」、ホーチミン(これは人名だが)Hồ Chí Minh は「胡志明」と書く。世界遺産のハロン Hạ Long 湾は「下龍」であり、ハノイ市内にある世界遺産の遺跡、タンロン Thăng Long「昇龍」と対をなしている。
フランスの植民地であったため、フランス語に由来する基本語彙もある:

ga(← gare) 駅
pho mát(← fromage) チーズ
ga tô(← gâteau) ケーキ

文法の特徴としては、有り難いことに、人称・時制・性数による変化は一切ない。
語順はSVOであり、文法は中国語に似ている。
ただし、中国語との類縁関係はない。ベトナム語はオーストロアジア語族モン・クメール語派に属するが、クメール語(カンボジア語)との類縁性はいかばかりだろうか?ちなみにクメール語は、島嶼部以外の東南アジアの土着の公用語の中では唯一、声調を持たない。
ベトナム語は7000万人もの話者数を誇り、モン・クメール語派の中では圧倒的な大言語である。にもかかわらず、話者数わずか85万人の、ミャンマーの少数民族のモン(Mon)語がその代表として選ばれているのが謎である。ちなみにこの「モン」は、ベトナム北部の少数民族であるモン(Hmong)とは異なるからややこしい。

本シリーズは、言語の概要が一通り分かれば満足してしまう私のような人間には、まさにうってつけである。同じ単語が繰り返し出てくるので、通読すれば自然に基本単語も(少しだけ)覚えられる。
ただ、発音は聞いてみないことには分かりようがない。綴りと音の対応関係も、本書を読み進める前に頭に入れておいた方がいいだろう。その辺は『ニューエクスプレス ベトナム語』(白水社)で補うのが良いが、これはかなり骨のあるテキストだ。もっと易しい、旅行会話用のテキストとしては、『文法からマスター! はじめてのベトナム語』(ナツメ社)が良いように思う。(17/10/28読了 17/11/13更新)

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