読書日記 2022年

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天才が語る ★★★☆☆ ダニエル・タメット 講談社

著者ダニエル・タメットは、アスペルガーでサヴァンで共感覚の持ち主。
そもそも、「サヴァン症候群」とはなにか?Treffert (2014) によれば、

Savant syndrome is a rare but spectacular condition in which persons with developmental disabilities, including but not limited to autism, or other CNS disorders or disease have some spectacular ‘islands of genius’ that stand in jarring juxtaposition to overall limitations.

ということだが、なんだかよくわからない(おそらく、厳密な定義はない)。
実は、自閉症の10人に一人はサヴァン症候群らしいので、それほど稀ではないことになる。
しかし、ダニエル・タメットについてのドキュメンタリー「Brain Man」を見た限りでは、彼はまったく自閉症には見えず、むしろ社交的な人物に見える。このドキュメンタリーに登場するもう一人の有名なサヴァン、キム・ピークとの違いは明らかだ。
自らの特殊性を認識し、その思考の過程を明晰な言語で表現できるところがまさに、彼の特殊性なのだろう。

本書のメッセージは、サヴァンといっても、理解を超越した宇宙人のような存在ではなく、普通の人と少し脳の構造が違うだけ―おそらく、異なる機能を担う脳領域間に過剰なクロス・トークがある―ということだろう。この「クロス・トーク説」は、彼自身が共感覚の持ち主である点からしても大いに納得がいく。
オリヴァー・サックスは著書『妻を帽子と間違えた男』の中で、「素数で会話する自閉症の双子」の話を紹介している。このエピソードで、双子は床に落ちたマッチ棒を瞬時に「111本」と数え、最初は6桁の素数を言い合っていたが、ついには20桁の数(それが素数かどうかはサックスには判定できなかったが)を口にするようになったという。この話は、映画「レインマン」でも使われている。(なお「レインマン」では、床に散らばった246本の楊枝を数えるシーンに置き換えられている。しかし、111という数は37の3倍でかつ1が並んでいるから意味があるのであって、246ではまったく美しくない。)
このエピソードはサックスの著書の中でもとりわけ印象的なのだが、タメットによれば、これはサックスの創作(あるいは誤解)だろうという。
言われてみれば確かに、腑に落ちる。大量の数を瞬時に数えられる能力をもったサヴァンは、(サックスの本以外には)報告がないという。また、6桁でも充分怪しいが、20桁の数が素数かどうかを判定できるということはありえない。
なおタメットは、サックスのこの著作について「双子をこのように描写できるのは、書き手に思いやりが欠けているせいだとしか思えない」と批判している。しかし、改めて該当する章を読み返してみると、サックスの著作はやはり非常に魅力的なのである。

タメットは語学の天才でもあり、11の言語を操ることができるという。これはサヴァンとしては珍しい能力かもしれない。確かに、まったくゼロから始めて1週間でアイスランド語を習得したというのは驚異的に思える。
しかし、アイスランド語はタメットの母語である英語と(語派レベルで)よく似ている。タメットが話せる言語はすべてヨーロッパの言語であり、フィンランド語とエストニア語を除くとすべて印欧語である(しかも、フィンランド語とエストニア語は双子のような言語である)。そう考えると、言語に関しては、タメットはそれほど特殊ではなさそうだ。
タメットは本書の中で、言語習得法として、単語の関連性を見つけることを説いている。しかし、それは印欧語間(あるいは、語彙の流入があるヨーロッパの言語間)でのみ可能なことで、あまり参考にならない。
「日本語のakaとmidoriでは、どちらが赤っぽいか?」と問われれば、なるほどakaのほうが基本語彙っぽく見える。この指摘は、日本語話者としては面白い。しかし、この「ブーバ・キキ効果」戦略は、ほとんどの場合には通用しないだろう。

IQテストに関する批判は、正鵠を射ていると思う。
また、メンサについて、「エリート主義で、パズルとゲームをしたがる人ばかりで占められていて、本当の知的な討論をする場になっていない」と批判しているのは興味深い。実際のところ、本書は、メンサのパネルディスカッションで登壇しなければならなくなったので、その仕込のために読んだのであった。

前作『ぼくには数字が風景に見える』に比べると、本書はタメット自身の体験談が減り、興味の赴くままに調べて書いたレポートのようである。しかし、そういう記載は、博識な研究者にもできる。(むしろ、研究者という人種はすべからくサヴァン的なのかもしれない。)特に、7章以降は蛇足のように感じた。

文献
Treffert (2014) J Autism Dev Disord, 44:564–571.

(22/11/04読了 23/02/12更新)

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