読書日記 2025年

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伽羅の香 ★★★★☆ 宮尾登美子 中公文庫

500ページもある大部な小説だが、文体は流麗で美しく、一気に読んでしまった。
香道に興味がある人には必読の書だろう。

この小説の見どころはまず、著者の香道に対する造詣の深さである。
香道は、今でこそ庶民に開かれているけれども、元来は貴族のみに許された遊びだった。
というのも、香道はまず香木がなければ始まらないが、香木の名品はもはや手に入らないからだ。何世紀も前に東南アジアからもたらされ、それが代々受け継がれてきたものが全てなのだ。
名香を炷くとなれば、それに相応しい香道具を準備する必要があるし、香席も贅を尽くしたものとなる。
いくら「馬尾蚊足」とはいえ、わずかな時間で消えてしまう幽玄な香りを楽しむために、莫大な費用がかかる。
誠に優雅であるが、究極の「金持ちの道楽」といえよう。

そしてもう一つは、明治から大正、昭和、戦後へと時代が移ろいでゆく中で、日本の階級社会がいかなるものであったかがリアルに描写されていることである。
主人公の葵は、三重の山林王の一人娘として、一生遊んで暮らしても有り余るほどの資産があった。 それでも、自分は一介の山賤(やまがつ)にすぎないという負い目からは、決して逃れることができなかった。

さてこの小説には、香道の祖である三条西実隆(さんじょうにし・さねたか)の庶流である姉小路実兼なる人物が登場するが、これはフィクションである。
では、主人公・葵のモデルとなった人物は誰だろうか?
調べてみると、それは、御家流22代家元であった山本霞月という人であるらしい。実際に、途絶えかけていた御家流を再興させた人物だという。なお山本霞月氏は、昭和46年、77歳で亡くなっている。
御家流の家元は現在も三條西家の当主が務めているが、それは山本霞月氏の尽力によるものであるようだ。(25/11/19読了 25/11/24更新)

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